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    「さうです。相談があるからと云ふんで帰つて来たんですが、僕なんか何も問題はありませんよ。返すものがあれば、いつでも返します。何もないんですよ。家と、田地が少し。それも抵当に入つていますよ。僕がしたわけぢやない。兄貴が選挙の費用だの何だので金が要つたのでせう」

    「しかしお松の生んだ子はほんとうに半之丞の子だったんですか?」

    「あ、さう云へば」

    と、大声で訊いた。

    「や、さうでしたか。それは――」と、鬼倉は目に見えて和やはらいだ。

    かりるに当って女房が挨拶に行ったら、温泉のぬるいことを例外なく念を押して、

    房一は刃物で突く恰好をしてみせた。

    「何だらう、山師を煽おだてて又一儲けしようてんだらう」

    男は眼を閉ぢた。何も答へなかつた。

    生返事をしてそのまゝ登つて行く。

    患者の多くは近在の農夫達であつた。それは大体に於いて、開業以前に予想していた通りだつた。鈍のろい、ゆつくりした口調で声をかけながら、彼等はおづおづと高間医院の玄関を入つて来る。彼等は医者に診てもらふためにわざわざ河原町へ出て来るのではなかつた。農具とか種物とかを買ひに出て、ついでに立寄るのであつた。それで、彼等の病気はすでに治療の時期を失しているか、でなければ手のつけられない慢性のものが多かつた。

    ところが驚いたことにはこの男は、房一があらゆる初対面でやる鹿爪らしい挨拶の文句を今やはじめようとしたときに、いきなり前に立ちはだかるやうに、と云ふより、殆ど気づまりのするほど真正面に近々と顔をよせて、おまけに露骨に房一の顔を見入りながら、

    「あれらしいのよ」

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